本日、古牧あけぼの幼稚園で年少組と年中組の〝わらべうたの時間〟がありました。
わらべうたの集団遊びは、集団的コミュニケーションです。
参加者同士の共感や連帯を目指します。
身体で対話し、帰属意識や仲間意識が育まれていきます。
クラス作りにも役立ちます。
年中組になると〝お茶をのみにきてください〟を遊びます。
上の写真の中には、遊びの様子が撮れていませんが、
♪ おちゃをのみにきてください
はい こんにちは
いろいろおせわになりました
はい さようなら
- 「こんにちは」「さようなら」の挨拶を、歌を通して親しみます。人との関わりの基本になる挨拶を、楽しんで遊びながら身に付けてゆきます。
- 現代の子どもたちは、人と関わっていく力が決定的に弱く、自分から歩いて他の人のところに行き、先に声をかけて挨拶することが出来ないのだそうです。小学校5、6年でも動けない子どもが増えているのだそうです。(齋藤孝『子どもに伝えたい三つの力』より)
そんなことからも、私は〝お茶をのみにきてください〟のわらべうたを、とても大切に考えています。 きっと、子ども達も大好きなわらべうただと思いますが…
毎回、遊びの途中で確認することにしています。
- 挨拶をうたう時は「目を見ること」「おじぎをすること」「深々と頭を下げ、心を込めて挨拶を交わすこと」
小さい頃から、丁寧で気持ちの良い挨拶の仕方を覚えることは、全てに繋がるとても大切なことだと思っています。しかも楽しみながらできるのですから、こんな恰好の遊びはありません。
相手の存在に気づき、相手の存在を認めることが挨拶の本質なのですから、今後の人生を豊かにするためにも、心の柔らかいうちにきちんとした挨拶を身に付けさせたいですね。
千田琢哉 著『私たちの人生の目的は終わりなき成長である』を読むと、挨拶のことが面白い表現で書かれています。ほんとかウソかへえ~って思いますが、これを信じたほうが世の中、絶対平和になりますね。
- 【相手よりお辞儀を深くする】あなたの周囲の人たちをよく観察してもらいたい。お辞儀の深さと社会的地位は比例するはずだ。偉い人は、概してお辞儀が深い。下っ端は、概してお辞儀が浅い。これが最底辺層になると、そもそもお辞儀をしない。本当は逆でもいいはずだが、この事実が社会の縮図なのだ。あなたがどのコースを歩むのかは、100%あなたの好みの問題だ。もしも生涯、成長し続けていきたいのであれば、相手よりもお辞儀を深くする習慣をつけることだ。(中略)私がこれまで出逢ってきた3000人以上のエグゼクティブを観察してわかったことは、偉い人は名もなく貧しい頃からお辞儀が深くて美しかったということだ。別れ際の印象こそが相手の記憶に刻まれる、と熟知していたのだ。周囲に好かれて成長していくためには、お辞儀を深くすることが必須なのだ。(本文より)